『山のあなた 徳一の恋』 

●『按摩と女』(1938年)監督、脚本:清水宏、白黒・・・・・の”カヴァー”(監督はオリジナルを忠実に再現することと言っている)

●今から70年も前の『按摩と女』は未見。これは見てみる必要アリか?

●カヴァーされた『山のあなた 徳一の恋』は、どうにも退屈な作品であった。

●絵を見ていると「ああ、たぶんこういうことをしたいのだろうなぁ」「ああ、たぶん季節の中で感じる日本の情緒だとか、温泉街にあった昔の風情をだそうとしているんだろうなぁ」「ああ、なんだかこういう女性の奥床しさをだそうとしているんだろうなぁ」「ああ、たぶんこういう絵を撮りたかったんだろうなぁ」と、監督がやりたいんだろうなぁと思っていることがなんとなく裏側に透けて見えてくる。しかし、それが映画の中で実現出来ていないから、それが透けて見えるからもどかしく、退屈になってしまう。

草なぎ剛の演技は違和感がある。マイコ、加瀬亮、そして子供役の広田亮平・・・・メインの役者の演技、セリフが殆どしっくりきていない。わざとらしい動き、動きに馴染んでいないセリフ・・・・演技が下手、演出が下手、子役の演技にいたっては「こんなセリフや演技でOKを出していいのか?」と思えてしまう。これも見ていて溜息が出てくる一因。盲目の按摩の動きが余りにもギャグっぽく、幾ら何でもこんな動きはしないだろうと白けてしまう。いや、またこれが白黒の世界で、古い映画の中で同じことが行われていたらなんとはなしに納得するものがあるかもしれない。

●何かが圧倒的に違うのだ。このカラーの作品は、監督や見る物が求めているものと何かが圧倒的に違い、違和感があるのだ、作る、見る側両方で、この映画に期待するものがフィルムに焼き付けられていない、スクリーンに映しだされていない。心の中、感情が求めるものとのギャップがある。形式上は間違っていないのだが、外の殻だけを借りて、中身が全然違うという感じなのだ。

●安心して見ていられるのは堤真一の演技だけだった。

●日本の自然の美しさ、昔有った温泉街の風情、情緒もスクリーンからは感じ取れない。CGIを使った部分もその要因かもしれないが、川のせせらぎや、山の緑、そう言ったものにも美しいなぁと思わせる色が欠落している。スクリーンに映しだされる絵はノッペリとしたもので、やはり日本の自然は美しい!と感じさせてくれるものではない。

●オリジナルの白黒映像の方はどうだったのだろう? 当時の邦画の監督、カメラマンは白と黒の二色の世界に濃淡だけで自然の美しさをさ、情緒を見事にフィルムに写し取っていた。見る側もそこから清らかな水や目に飛び込むような緑を感じ取ることが出来た。だが、カラーになったからと言ってそれがより良く映しだされるわけではない。白黒よりも感性を刺激しない詰まらない色と絵になってしまうことも度々である。

●自然に対する思い、経験、それをどうやってフィルムに写し取ろうかとする尋常ではないほどの努力、そう言ったものが古き邦画の中にはあった。だが、今回の「山のあなた 徳一の恋」はそういった部分が非常にすくないのではないだろうか?

●最近多々有る邦画旧作のリメイク、リボーン、カヴァーなどという流れの中で、心が通っていないものが多いと思う。だから、表面的で感動を引き起こさないのだ。

●最後の最後まで、本当はこのシーンはこういう感情を見ているものに呼び起こさせようとしているん”だろうなぁ”と、映像の裏側ばかり、意図したことは分るがそれが映画として映しだされていないと、そればかりを感じる作品であった。

●自然の美しさや日本的情緒を映画の中で再現するという技術、思い、情熱に於て、今の日本の監督は半世紀以上前の邦画全盛期の監督にまだ誰も追いついていないのではないだろうか?

★映画批評 by lacroix