『スラムドッグ$ミリオネア』

●これは素直に本当に素晴らしいなぁと感服した。久々に気持ち良く鑑賞できた映画らしい一作である。こんな気持ちは最近の洋画では非常に珍しいことだ。

●スラムから這い上がった青年がクイズ・ミリオネアで大金を掴む話。と聞いていたからいかにもハリウッド、アメリカ的なあざとさ満載の映画じゃないだろうかと勘繰っていたのではあるが、全く違った。ストーリーや見せ場の演出にハリウッド臭さ、今のアメリカ的映画作りのいやらしさ、あざとは殆ど無く、これはハリウッド・ムービーとは一線を画す。

●そう考えればクレジットに並ぶスタジオやプロダクションは確かに余り名前を聞かないようなところばかり。(インド映画とか一部の筋では有名なのかもしれないが)製作費も非常に少ない中で撮影された(これはハリウッド作品に比してという意味であろう)ということであるが、イギリス人監督のダニーボイルがハリウッドメジャーの映画製作スタイルに乗る事なく、自分の作品を自分の思うように撮りたいとして作り上げた映画なのだろう。そういう意味ではインディーズ映画的である。(作品規模、撮影レベルなどとてもインディーズ映画のレベルではないが)

●ハリウッドのメジャーなスタジオはこの映画をハンドリングすることを見送ったと言うことである。まあそれが今のハリウッドのスタジオの守銭奴的、類型的、保守的、右倣え的、なスタイルであることは明白。そんな映画がこれだけのヒットをし、沢山の高い評価を受けているのだから監督のダニー・ボイルもこの映画の製作に関わった人達もさぞかし痛快でザマアミロといった気持ちであろう。

●映画の製作から公開、多数の高い評価を受け、アカデミー賞作品賞を含む8部門も獲得というのは、それこそここの映画の製作そのものが映画自体のストーリーとも重なる。スタジオから無視されながらも作品の質の高さで最高の評価を受けるところまで上り詰めたのだから。

●脚本の良さはピカイチである上に、映像の編集、構成がずば抜けてスタイリッシュでハイセンスである。これも凄い。スラムの汚れた風景、そこで小さな小動物の如く生きる子供達だが、映像からは汚さや不潔さではなく土地の熱気や力強さが感じられる。貧困の荒れた町を切り撮っても、この映画の各シーンはきわめて美しく、心を揺さぶられる絵としての高尚さを持っている。沢山のインドの女性が洗濯をしている川、そこに干すために並べられた洗濯物の多彩で色鮮やかな並び。茶色の土の上に赤や青の布が一面に並ぶ様は貧困の場所ではなく、芸術の場所とすら思えてしまう。

●昔から「インドを旅するとINDIAN FEVER(心のインド熱)に掛かりインドに取り憑かれインドを彷徨うヒッピーになる人が多いよ。それだけ普通の国にはない力がある国だよ」と言われていて、自分自身もインドには足を踏み入れたことは無いのだが、この映画を見ていると一度行ってみたいと思ってしまった。貧困街の様子などは自分が知る国ではジャマイカのゲットーの方がまだまともだったかもしれない。

●予備知識を極力入れないで観たのでこんなに素晴らしいラブストーリー、純愛映画だとは思わず驚いた。スラムやそこに巣食う悪、悪人、裏切りや殺人、子供の虐待など厳しいシーンも多数あるが、ベースに流れているのは小さな子供の頃のジャマールとラティカの初恋。それが沢山の困難や苦しい状況を潜り抜け大人になっても二人ともずっと忘れられずにいて、最後には愛を成就して抱き合う。こんな綺麗な純粋な恋愛ストーリーは最近ではなかなかない。アメリカの映画でこれだけ純愛物にしてしまうと、今のアメリカの状況では「そんなことありえないだろう」と思ってしまうから偽善ぽくなってしまうのだが、インドを舞台にしたこの映画だと、これだけの純愛もあるだろうと思ってしまう。この純愛はインドという国を設定しているからこそより輝いているのかも。

●スラムだの一攫千金のクイズだのということばかりが宣伝されていて、この純愛という部分は表にほとんど出ていないのだが、この映画こそデートムービーに選択すべきだし、カップルで見て(純愛かどうかは別として)肩寄せ合う映画であろう。綺麗でセレブなお姫様風の夢物語に、こんなふうになってみたいと憧れる愛の映画ではなく、心の美しさ、本当の愛、思いやる気持ちに心打たれる映画であろう。この点でも通俗的なハリウッド流の恋愛映画の定石とは異なる。

●なんにしても、いい映画だった。これならば文句なしである。

●素直に見て一回で伏線と繋がりがはっきり分かり、その度に驚き感動もする。きっちりとストーリーが組み合わされ構成された素晴らしい脚本であり、しかも一度みれば疑問点や分からないところなどは殆ど無く、しっかりとストーリー全体が分かってまた感動できる。本来映画とはこうあるべきなのだ。

●最近の映画の作風としてあれこれと伏線を張り巡らせて謎掛け、謎解き、宝探しのようなことを映画の中にちりばめてそれで作品の面白さ、ストーリーの深みや巧妙さを出そうとしている作品、脚本があるのだけれど、たとえば悪く無い映画だが「フィッシュストーリー」なんかもそうだ。だがこの「スラムドッグ$ミリオネア」を見ると、そんな小手先の謎解きや仕掛けなんかをあれこれ入れているような映画はやっぱり映画の本筋ではない。この映画のように観終えて全てがしっかり分かって、ストーリー全部が頭の中に吸収されてそして感動できるような映画こそ映画の本筋であり王道であり本来の映画らしい、映画足るべき映画なのだと感じた。

●とにかくこの映画にはあざとさや狡さ、騙しもなければ引っ掛けもない、全てが正統、本流、であり本当の映画の王道を歩んでいる作品である。

●D:It is written....運命だった・・・抱き合う二人の片隅に出てくるテロップ。そしてDがダニーボイルのDとなる。これはなかなか憎いラストだ。

●エンディングの踊りも良かった。爽やかで笑みがこぼれる。ラストをこのスタイルで終わらせるのはインド映画スタイルへの敬意が感じられる。

ダニー・ボイルは「トレイン・スポッティング」の監督とばかり宣伝されているが、トレスポはMINIシアター系映画の走りでアスミックとシネマライズがやたら宣伝を掛けていたり、キムタクが好きだと言ったからとばかりに観に行く人が増えたような策したPRで、OLや学生をノセてヒット作っていると感じ、どうもあのころから拒否反応があった。自分としては「A LIFE LESS ORDINARY(普通じゃない)」のキャメロン・ディアスユアン・マクレガーを使ったシニカルだけどカッコいいラブコメディーや、「ザ・ビーチ」での夢を求めて南の島でコミュニティーを作るかってのヒッピー達を描いたような作品の方が好きである。「ザ・ビーチ」は一部ちょっとディカプリオの頭の中がテレビゲームになるという変てこなシーンがあるけれど、学生時代や若かった頃の世界を放浪していた記憶、夢を描いて旅をしていたあの頃の記憶が蘇ってきて懐かしさを覚える映画だ。思い出の映画でもある。

●「28日後」のようなホラーも作っているが、ダニー・ボイルはちょっと反社会的な、反体制的な、権力に反抗する若者とかを描いた映画のほうが作品が光っている。

●脚本のサイモン・ビューフォイは「フル・モンティ」以外ではあまり活躍しているようではないのだが、この映画に於いては素晴らしい構成の脚本を仕上げたものだ。きっと今後オファーが増えるであろう。脚本家としてはポール・ハギスと並び注目したい。

●悪い脚本の後に良い監督が付いても良い映画は出来ない。良い脚本があれば悪い監督でもそこそこの映画は撮れる。良い脚本に良い監督が付けば良い映画が出来る。まさにその典型。脚本家と監督のコラボが見事に花開いた良作。

●苦言があるとすれば日本での劇場用、宣伝用のポスター、チラシのデザインだ。劇場のポスターは映画館に来る人に一番目に留まるし、一番PR効果の高いものなので、このブログでもあれこれ過去に書いているが、今回のこの映画のポスターは酷い。

アカデミー賞最多8部門受賞を売りにするのは宣伝として当たり前であるが、このポスターはアカデミー賞の文字だけでべたべたと半分以上のスペースを埋め尽くし、映画の中身もなにも伝える気など無いかのようだ。もちろんポスターは興行を上げるための宣伝手段なのだからアカデミー賞受賞を強くPRする事で間違いないのだが、アカデミー賞受賞を伝えつつも作品の中身をきちんとビジュアルで出すデザインとセンスというものが宣伝には必要であろう。これであれば背景なんてなんでもいいだろうという酷いレベルのデザインである。映画が良かっただけにこのポスターは悲しくなるセンスである。

公式サイト:http://slumdog.gaga.ne.jp/
ぴあ映画生活:http://pia-eigaseikatsu.jp/title/24819/
goo映画:http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD14041/index.html