『ハッピーフライト』

●ふと考えてみたら、今年は綾瀬はるかの出ている映画が観ていることが多い。「僕の彼女はサイボーグ」「ザ・マジックアワー」「ICHI」そして今回の「ハッピーフライト」と4作品もある。このブログを始めて3年程だが、一番最初に書いたタイトルが「雨鱒の川」でこれが綾瀬はるか主演だった。その後は「戦国自衛隊1549」に出演しているが、この映画はダメだったし、綾瀬はるかもあまり記憶に残る役でもない。それからこの2008年までは綾瀬はるかの出ている映画は観ていないわけだ。それが今年に入って目立った邦画には気が付くと綾瀬はるかが出ている。今までの綾瀬はるかはTVドラマ中心の売り方だったが、柴咲コウが軒並み邦画の大型作品に出ているのに比較して映画出演が少なかったので、こっちのパイを柴咲コウに全部もっていかられるのも気に食わないというホリプロが、今年は映画で綾瀬はるかをどんどん売っていこうという戦略変更をしたのだろう。

●「ICHI」のハードな役とは違って、今回はコメディー、ちょっと抜けてるキャビンアテンダントの役。監督は矢口史靖だし、だだのドタバタコメディーじゃなく、少しシニカルな部分も入った憎い作りをしていそうである。さあどうなるかなと、ちょっと期待して観た。

●しかし、この映画、驚いたのは悪い意味ではなく、綾瀬はるかは主演でも主役でもなかったのだということだ。

●この映画はもう主役がそこら中に居るという感じ。役柄の比重が非常にバランス良く平均的に振り分けられており、ストーリーの中でその荷重具合が誰か一人に偏っていないのだ。全体を通して一人一人にこれだけバランスよくエピソードを振り分けているというのも凄い。絶妙な脚本の技である。これは驚いた。ということで綾瀬はるかはメインとなるキャラクターだが、決して主人公というわけではなかった。相変わらず素晴らしい演技の寺島しのぶ、ベストなキャスティングの時任三郎、話の中心に居るようでそうでもない田辺誠一、あわや主役になってしまいそうなくらいの存在である田畑智子、目が離せなくなる奇妙さの平岩紙、地上業務の厳しさを感じさせる田中哲司、やたら目立っている肘井美佳(エンドロールもいい感じ)、大した役ではないのにドスンと大黒柱のようにそそり立つ宮田早苗・・・いや、書いてたら全員を書いてしまうほど一人一人のキャラクターがキチンとしている。際立っている。そういう点でもすばらしい脚本、演出の映画だ。(何故か吹石一恵は出ているシーンが多いのだけれどちょっと印象が弱いのが不思議)

●この映画も監督である矢口史靖が実際にANAの社内だとか羽田空港だと、もう実際の仕事場の内部におじゃまして仕事の様子だとか、整備師の姿だと、グランドスタッフの苦労だとか、それ以外の空港を取り巻く色々な人々の姿だとかを微に入り、細に入り取材し、調べたんだろうなぁ。そういう事前調査の凄さ、深さ、目の付け所の面白さ、そういったものがありありと映画に出て、生かされている。こういう綿密な取材、調査の後に作った映画といえば周防正行監督の「それでもボクはやっていない」が思い出される。(この映画も少し長すぎたが)

●一つの映画を作るために、そのストーリーにキチンとした整合性と現実性を持たせるために監督が行なう徹底的な調査、取材、その凄さには驚くとともに、本当に頑張ってるんだなぁというところが伝わって来る。これには素直に素晴らしいなぁと拍手を送りたい。

●たくさんのエピソードが1時間43分の映画の中にてんこ盛り状態。それでもこの映画を2時間とかにしないでこの尺にまとめたことも素晴らしい。最近では見せたいことを何でもかんでも詰め込んで意味も無く映画の尺を長くし、だらだらとしまりの無い、本当にこれで編集をしているのか?と思えるような作品も多い。「ぐるりのこと」などはまさにそういう感じの作品だった。それに比べればこれだけのエピソードを実に巧妙に、そして面白可笑しくこの時間内にキチンと収めた矢口監督はやはり凄い、素晴らしいと言えるのだ。

●まあとにかく、CAの苦労話だけではなく、機長、副操縦士、グランドスタッフ、整備士、管制官、ディスパッチャーと呼ばれる人たち、バードパトロールまでよくもここまで細かく詳しく観察し、それをストーリーに織り込んだものだなぁと感心するばかりである。

●航空会社の様子ということでは、今まではCAや機長の姿ばかりが取り上げられることが多かったと思うが、今回はもうありとあらゆる所までカメラは映し出している。実際に飛行場で働いているひとがこれをみたら「よく見てるなぁ、観察してるなぁ」とか思うだろうなぁ。そして自分達の姿が外部の目で見たらこういうふうに見えるんだということに気が付いて驚くのだろうなぁ。

●実際は尺は丁度良かったのだけど少し展開はゆったりしている感じもある。エピソード満載で面白いんだけれど、ドライブ感は少し足りないところ在り。この長さだったから良かったのだけれどもう少し長くなっていたらやはり間延びしたものを感じていたかも知れない。やはりこの位の尺が観る側にとっては丁度いい長さなのだ。

●一人一人が非常に面白く描かれているから本当にキャラを取り上げていたらいくらでも話が長くなってしまいそうだが、特に面白かったのは・・・

      • グランドスタッフ 木村彩採 (田畑智子)---

トラブルがあって機体入り口まで行ったとき、入り口を跨ごうとしたらCAの田中真理吹石一恵)に「アー!」と言われ て引き下がるシーンがあった。あれって、グランドスタッフは飛行機に入ってはいけない、機体入り口を跨いでもいけないという確実な職域の差別の壁があるということなのだろうか?たぶんそういうCAと地上職員との明白な差別意識というのが実際にあるのだろうな。ネットで調べてもそういうのはなかなか出てこないけど。

工具が一つでも見当たらなくなったら整備場をすみからすみまでゴミ箱をひっくり返しても探すその姿。間違ってエンジ ン内部に工具を忘れたりしたら大変な事になるため、個人の工具には全て名前が張られ、工具箱には鍵が付けられ、工具箱も一つ一つの工具が所定の位置に納まるような形状になっていて、何かが足りなければ直ぐ分かるようになっている。凄いね、やはり飛行機の整備にはこういう厳密さが要求されているのだと驚いた。そしてそういうところまで目を配りストーリーに取り込んでいるところにも驚いた。

制服ではなく、なんだかラフな私服でボソッとした顔して,無機質なロボットみたいな感じで突っ立っているけど飛行機をコントロールする大事な役なのだろう。でもきっと矢口監督が本当に見た管制官もこんな感じだったのだろうね。とても伺いしれない管制官の姿だが、まさにこういう特殊な感じの人がやっていたのだろう、そしてそれをさらっとブスっと演じている江口のりこも強烈な印象を残す。同じく立っているだけでセリフも少ないのに宮田早苗の演じる管制官も印象が強い。

最初は、あれ、関めぐみが痩せたのかな?なんて思ったのだが、よく見ると違う女優。今まで全然知らなかった女優さんなのだが、この映画の中では目立っていた。今回はいい役を貰ったなと思う。映画のなかでキラキラ光っていた。エンドロールで上司の岸辺一徳にソフトの使い方を教えているシーンがまたいい感じである。なかなか美人だしこの映画で注目されて今後オファーが増えてくるといいんだけれどね。

なんだか管制官もずいぶんと目立つ人が多かったが、メガネをかけてひときわ美人が一人。これも最初は井川遥化?と思ったのだが見終わって調べたら、いとうあいこだった。ちょっと前にグラドル、水着写真などで見かけたことあるけれどこんなところに出ているとはこれも驚き。

●登場人物全員が特徴的で面白可笑しく描かれているので書ききれないほど。ここに書いてないことでもこれはいいなと思える部分がたくさんあった。

●徹底した取材を元に、航空会社関係者をこれだけリアルにこれだけ面白く映画として描き出したこの一作は矢口監督のアイディアと演出力満載で、キャスティングも本当に練りに練られている。これは実に素晴らしい一作である。





●書くべきか書かぬべきか迷ったが・・・実はやっぱり、最初の墜落シーン(シュミレーターだが)の機長の様子や、機械トラブルで引き返し、台風の中の着陸でCAが「頭を下げてー」と連呼し、乗客がショックに対応する姿勢をとっているシーンなどを見ると・・・どうしても日航123便御巣鷹山での事故が頭に思い浮かんでしまう。いろんな本を読み、あのときのボイスレコーダに入った機長の声を聞き、ドラマや映画になった映像を見てきたから、この映画の飛行機トラブルの場面を見ていると「あの時の日航123便はこんな感じ、いやそれを遥かに越える恐怖に満ちていたのだろう」と思いを巡らせてしまう。あの事故を知っている人にとって、飛行機物の映画を見るとトラウマのように123便御巣鷹山のことが思い出されてしまうだろう。自分もそうだ。この映画は楽しく、良い映画なのだけれど・・・。